動き続ける、
古代の言語。
1959年に生まれたCOBOLは、半世紀以上にわたり日本の銀行・保険・行政の基幹を黙々と支え続けてきた。しかしいま、その堅牢さの裏側で、技術者の枯渇、ブラックボックス化、そしてDXの停滞という構造的な矛盾が顕在化している。
技術者の高齢化と後継者不足
現役COBOLエンジニアの多くが50代後半に達し、定年退職が連鎖的に進む。基本情報技術者試験からCOBOLが除外された影響で、若年層の習得経路が事実上消滅している。
40歳未満の技術者 ≒ 全体の15%
システムのブラックボックス化
数十年に及ぶ継ぎ足し改修で、設計思想と実装の整合が崩れた。全体像を理解する人材が消失し、ちょっとした改修にすら膨大な工数とリスクが付きまとう状態に陥っている。
改修困難 → 障害対応の長期化
運用・保守コストの高騰
旧式メインフレームの保守費は年々上昇。希少化したCOBOL人材への割増単価も加わり、IT予算の大半が「現状維持」に消える事例も。新規IT投資の余力を奪う負のループが回り始めている。
IT予算の最大9割が保守運用に
セキュリティとDX阻害
古い設計思想のままでは、巧妙化するサイバー攻撃やゼロトラスト的設計に追従できない。API連携・クラウド・データ活用といった現代的要件への適応も難しく、DX推進の最大の障害となっている。
2025年の崖の中核要因
金融業界での立ち位置
誤解してはならない。COBOLが金融機関で使われ続けているのは、単に「捨てられないから」ではない。10進演算の正確性、大量バッチ処理性能、そして数十年にわたって積み上げられた業務知識──これらが、いまも他言語では容易に置き換えられない強みとして機能している。
銀行の基幹系は通常、勘定系・情報系・チャネル系の三層に分かれる。中でも一貫性と確実性が最優先される勘定系(accounting system)に、COBOLは最も深く根を張っている。顧客接点となるWebやアプリは急速に進化する一方、勘定系は意図的に保守的で、決定性と長期運用性が優先される領域だ。
しかしこの「強み」は、刷新の遅延と表裏一体でもある。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査によれば、日本企業の約8割が依然レガシーシステムを抱え、金融はその依存度がもっとも高い業界の一つ。基幹系の完全モダナイズを終えた企業は、わずか5.7%にとどまるとされる。
COBOLは時代遅れの技術ではなく、
数十年にわたって磨き上げられた
運用ノウハウの結晶である。
つまり問題の本質は、「COBOLという古い言語を使っていること」ではなく、「古いシステムをそのままにしてきたこと」にある。最新規格はすでにCOBOL 2023まで進んでおり、言語そのものは現代的な拡張を続けている。語るべきは言語論ではなく、システム戦略論なのだ。
IDENTIFICATION DIVISION.
PROGRAM-ID. INTEREST-CALC-1973.
DATA DIVISION.
WORKING-STORAGE SECTION.
01 WS-PRINCIPAL PIC 9(11)V99.
01 WS-RATE PIC 9(02)V9(6).
01 WS-INTEREST PIC 9(11)V99.
PROCEDURE DIVISION.
COMPUTE WS-INTEREST ROUNDED
= WS-PRINCIPAL * WS-RATE / 365.
DISPLAY “利息: “ WS-INTEREST.
STOP RUN.
*> ─── 0.01円の誤差も許されぬ世界の、静かな主役 ───
業界の動きと、2027年の試金石
経済産業省「DXレポート」公表
レガシーシステムを放置した場合、2025年以降に最大年間12兆円の経済損失が発生する可能性を警告。「2025年の崖」という言葉が広く流通する契機となる。
基本情報技術者試験から COBOL 除外
若手技術者がCOBOLに触れる機会がさらに減少。世代交代の断絶が制度的にも固定化された。
全銀ネット、次期全銀システムの脱COBOL方針を表明
2027年稼働予定の第8世代では、富士通製メインフレームからオープン基盤へ移行し、既存COBOLプログラムをJavaなどに書き換える方針が明らかに。
北国銀行、勘定系の脱COBOLを発表 / 生成AI活用が本格化
北国FHDが2027年1月の脱COBOL完了を表明。並行して、明治安田生命がAI活用でCOBOL改修工数を約25%削減するなど、AI支援によるモダナイゼーションが現実解として広がる。
次期全銀システム稼働(予定)
業界全体への波及効果は計り知れない。国内金融機関の基幹系刷新判断における業界全体の試金石となる。
3つの道筋
もはや「使い続けるか/捨てるか」の二択ではない。今後10〜20年の現実解は、段階的脱COBOLとAI活用の併走に収束しつつある。
適材適所の併存
変化が少ない長期安定領域(勘定系の中核)はCOBOLで残し、Web連携や新サービス領域はJava・クラウドへ。完全置換よりも、合理的な棲み分けが主流に。
生成AIによるモダナイゼーション
COBOL→Java変換、コード解析、ドキュメント生成、テスト自動化。NTTデータ、IBM、AWS、GitHubなどが次々とAI支援ツールを投入。属人化と人材不足を補う最大の武器に。
戦略的脱COBOL
全銀システム、北国銀行、メガバンクが順次踏み出す刷新の波。技術論ではなく経営課題として扱える企業ほど、移行を計画的に成功させている。
言語ではなく、システム戦略が問われている。
COBOLそのものは、いまもなお現役の言語である。問題は、その上に積み上げられたシステムが、ビジネスの変化に追従できる柔軟性を保てているかどうか──ただその一点に尽きる。
2027年の次期全銀システム稼働は、日本の金融インフラがどの方向へ舵を切るかを示す象徴的な年となるだろう。脱COBOLそれ自体が目的ではない。「ビジネスの変化に適応できる状態」を取り戻すこと──それこそが、いま問われている本質的な課題である。


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